企業経営
の新しい課題

柴田英寿 1998.08.30
経営の理論と実践
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史上まれにみる長期的な経済不況の中、日本企業の経営が大きく変わろうとしています。その本質は、成長を前提とした企業構造から安定を前提とした企業構造への転換であると考えられます。成長を前提とした企業構造が作り出した「終身雇用」や「系列経営」、「企業年金」といった社会的な枠組みが変化しようとしています。具体的な変化としては、

・経営の評価尺度が「ROE」から「CashFlow」へ、
・意志決定の枠組みが「稟議」から「情報公開」へ、
・組織構造が「官僚制」から「ヴォランティア制」へ、

変化していくと考えられます。

ROEからCashFlowへ

ROE = 純利益/売上高 x 売上高/総資産 x 総資産/総資本 です。

これは、

費用を抑えていかに効率的に売上高を伸ばしたかを示す「売上高利益率」、 資本をいかに効率的に運用して売上に貢献したかを示す「総資産回転率」、 いかに借入金をうまく活用したかを示す「ファイナンシャル・レヴァレッジ」、

の3つを組み合わせて企業活動を評価しようとする考え方です。損益計算書と貸借対照表の構造を的確に組み合わせた企業の業績評価指標といえます。

この中で問題となるのは、

純利益は、名目上の経費である減価償却費が控除されたものであり、買掛や売掛、在庫等の増減による運転資金の増減も考慮されていません。

成長期において、毎年ほぼ同じ額の減価償却が行われ、買掛や売掛、在庫が並行して増加している際には、問題が表面化しません。

しかし、戦略的に、投資を行い、毎年の投資が均一でない場合や、事業のライフサイクルによって売上の減少等がある際には、必ずしも、ただしい経営状態を示しません。

CashFlowは、事業が直接生み出すキャッシュから投資を差し引いて、さらに現在価値に割り引いて、一つ一つの事業を評価しようとするものです。ROEよりもより直接的な評価尺度といえます。CashFlowで用いられる評価尺度はNPV(NetPresentValue)と呼ばれ、次のように算出します。

NPV=S [CashFlowt/(1+投下資本コスト)t]

稟議から情報公開へ

組織が有効に機能するには「合意」が大変重要です。これを重視してきた日本型の意志決定は「稟議」制になっています。稟議は、ミスや不正を防ぎ、かつ合意を形成するわけですから大変有効な意志決定制度です。唯一の問題は、意志決定に時間がかかってしまうことです。意志決定が遅れても、意志決定が遅れている間は、前回の決定事項が有効であり、決定の方向性自体には大差ありません。成長期の企業経営においてはおおむね、意志決定が遅れても前回の決定が踏襲されて、問題なく事業が運営されてきました。しかし、変化の激しい時代には、迅速な意志決定が必要とされます。迅速な意志決定は、情報公開型の意志決定で実現可能となります。これまで、回覧板によって意志決定が行われてきたものを掲示板によって行おうというものです。掲示板は一つではありません。株主が見る掲示板、経営陣が見る掲示板、業務担当者が見る掲示板など必要に応じて、いくつかの階層が形成されます。

さらに、上位者は、下位の掲示板を自由に閲覧できるようにする必要があります。同位者間ではお互いに情報を共有することができ、また、下位のものは自由に意見を掲示できる必要があります。

この方式を、筆者は

上位者のモニタリング、同位者のシェアリング、下位者のレジュミングと名づけました。

官僚制からヴォランティア制へ

官僚制は、下位のものが上位へ昇進できるというモチベーションがなくては、内部の効率を高めることができません。成長期の企業においてはポストの新設が可能であり、上位者を追いやることなく下位者を昇進させることができました。しかし、均衡あるいは、縮小期の企業においてはポストは増加せず、上位者を追いやる以外に下位者が昇進する方法はありません。しかし、下位者の昇進は上位者が決めるものであり、自分を追い出してまで、下位者を昇進させる上位者はいません。そのため、昇進できない下位者が増加し、彼らのモチベーションが低下することで、組織全体の効率も低下します。フラット型の組織を指向することで、意志決定の遅延を少なくすることはできますが、一部の特殊な管理者を除いては極端にフラットな組織は管理不可能です。官僚制の構造を低成長の企業に当てはめて有効に機能させるには、下位者のヴォランティア精神が不可欠と考えられます。

これらは、筆者の仮説であり、ほかにも、さまざまな見解があるものと思います。 ここでは、こうした動きをとらえるために必要と考えられるアメリカ型の経営管理、特に コーポレートガヴァナンスや年金制度、財務活動について、参考文献を 掲載します。興味のある方は是非ご覧になってください。

以下参考文献

分社経営の管理会計 西澤脩 中央経済社 1997.11.01

限界利益や貢献利益を中心に管理会計のあるべき構造を解説しています。 特に、費用の配賦を簡潔にわかりやすく解説しています。 企業経営の評価においては、間接費の配賦が常に問題となります。 本書は、間接配賦について理論的な枠組みを提示しています。

英文会計入門 小島義輝 日本経済新聞社 1993.12.06

財務会計上の要所を、日本会計より進歩的なアメリカ会計を元に解説しています。棚卸し資産や投資資産、社債、外国為替、退職年金制度などが解説されています。これからの日本企業の経営を考えるに当たって多くの示唆を得られます。

キャッシュフロー計算書 菊池誠一 中央経済社 1998.05.01

これまで、日本企業があまり重視してこなかったキャッシュフローステイトメントの作成や見方を詳細に解説しています。各社の97年度決算を用いて具体的な解説、例示がされています。

キャッシュフロー経営革命 ダイヤモンド社 97.10.16

キャッシュベースの経営について戦略よりの視点から解説しています。 第1章「事業価値分析に基づく経営判断、戦略決定手法」、 第2章「キャッシュフロー経営の意義とは何か」、 第4章「迫りくるグローバルスタンダード時代の経営思考」は、 キャッシュフローと損益計算書上の利益の違いやキャッシュフローを重視している アメリカの会計基準を解説していて、多くの示唆を含みます。

中間答申html版

コーポレート・ガヴァナンス・フォーラム中間答申

そうそうたる企業経営者が名を連ねるコーポレート・ガヴァナンス・フォーラムの中間答申です。本社経営会議メンバと執行役員の分離など、重層な管理構造が意志決定を遅らせている日本企業にもとめられる分社経営の基本コンセプトが凝縮されています。

コーポレートガバナンス革命 企業年金の再構築 ダイヤモンド社 1998.06.11

「企業は誰のものであるか」という問いを現代的な視点で解説しています。 企業は株主のものであるという前提が、企業年金という資金を等して、 企業は従業員のものになっているという現代的な解釈に行き着いていることを 示唆的に解説しています。 さらに、この企業年金に関して日本企業が抱えている構造問題論じています。 第五章「見えざる負債企業年金への挑戦」、第七章「国際会計基準で表面化する企業会計の弱点」の2章は 、日本の年金制度とその問題を理解する上で大変参考になります。

実践 年金資産運用ガイド榊原茂樹監修 大和銀行信託財産運用部編 日本経済新聞社 1998.08.01

年金の基本的な制度と、年金運用のために必要となる現代投資理論の基礎をQ&A形式で平易 に解説しています。企業経営の最大の問題となりつつある企業年金の基本を押さえるのに役立つ一冊といえます。

ウォール街のランダム・ウォーク Burton Malkiel 1990 井手正介訳 日本経済新聞社 1993.06.04

現代投資理論を平易に解説しています。 企業の価値を考える際には、市場原理によって決まる 株価の理論についても十分に理解しておく必要があります。 本書は、株価決定の基本を平易に解いています。

ストラクチャードファイナンス入門 大垣尚司 日本経済新聞社 1997.06.02

現代投資理論の先端部分を詳細に解説しています。